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2026-04-04

境界知能の中学生・高校生の育て方|居場所を失った弟の記録

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はじめに

弟はIQ68で、現在26歳です。この記事では弟の中学・高校時代を振り返ります。

先に言っておくと、この時期が一番大変でした。家族全員が消耗しました。

境界知能の子供にとって思春期は「居場所がなくなる時期」です。普通学校では勉強についていけない。支援学校では「自分はここにいるべきじゃない」と感じる。どちらにも居場所がありませんでした。

家庭の崩壊:親の離婚

弟の話の前に、この時期に起きた家庭の変化を書かなければなりません。

中学に上がる頃、親の離婚が決まりました。親権は僕と弟が父親、妹が母親に。

思春期という敏感な時期に家庭裁判所に呼ばれ、親権をめぐって母親と弟の関係が悪化しました。教育上マイナスな面はあっても、プラスな面は何一つありませんでした。

「ケーキの切れない非行少年たち」(宮口幸治著)にも書かれていますが、境界知能や軽度知的障害の子供の家庭には片親が多いという統計が出ています。うちもまさにそうでした。

家庭が不安定になることで、子供の行動はさらに荒れます。弟の場合、この離婚が素行悪化の引き金の一つになったのは間違いありません。

中学校:素行が悪化した

中学校ではそのまま地元の学校に進学し、支援級に入りました。

素行は一気に悪くなりました。タバコ、暴力が増え、先生に対しても殴りかかることがありました。先輩(僕の同級生)にも悪態をついていて、僕が怒りに行くことも多かったです。

ただ不思議なことに、弟はいじめられることはありませんでした。なんならクラスの中心人物でした。コミュニケーションは問題なく取れるし、人にも好かれるし、女の子にもモテる方でした。

とにかく勉強が嫌い。それ以外は普通の中学生に見えました。

これが境界知能の難しいところです。「普通に見える」から周囲は困りごとに気づきません。先生も「やる気がないだけ」と思います。本人も自分が何に困っているか分かりません。

高校の選択:受かるところがなかった

高校進学の時、壁にぶつかりました。

近くに一般的には学力が高いとは言えない高校がありました。でも弟の学力的には、そこですら受かるところがない。

親と先生の話し合いの結果、県内の養護学校を選択しました。

この判断は難しかった。他の選択肢があったかと聞かれると、当時は情報がなかったのだと思います。通信制高校や高等特別支援学校のことを知っていたら、違う選択をしていたかもしれません。

養護学校を1年で脱走した

1年も経たないうちに弟は脱走しました。

理由は「重度の障害を持っている子と一緒にいるのが耐えられなかった」から。弟は見た目も会話も普通です。自分のことを「普通」だと思っています。そんな弟にとって、養護学校は居場所ではなかったのです。

無理やり入れられたのが、相当辛かったのだと思います。

これは境界知能の人に共通する問題です。知的障害の診断を受けていても、本人は「自分は障害者じゃない」と思っています。普通学校では無理。支援学校でも無理。完全にはまる場所がありません。

それは当然です。IQでは生活力の全てを測れないからです。いくら勉強ができてもお金持ちになれないのと同じで、人間が社会で生きていく上で必要な要素は学力だけではありません。弟はコミュニケーション能力が高く、人に好かれ、スポーツもできる。IQの数値だけで「普通学校」か「支援学校」かの二択に振り分けること自体に無理があります。

だからこそ、この手の支援は十人十色です。IQではなく、その子の傾向を丁寧に分析した上で、その子に合った支援をカスタマイズしなければなりません。既存の枠に子供を当てはめるのではなく、子供に合わせて環境を作る発想が必要です。

脱走後:親権移動を自分で打診してきた

養護学校を辞めた後、弟は母親の家に戻りました。

この時、親権は父親にありました。弟から母親に対して「父親との生活はきついから母親に親権を移してほしい」と相談がありました。

境界知能でも、自分の置かれた状況を感じ取る力はあります。「ここは自分がいるべき場所じゃない」「この人との生活は無理だ」。言語化は苦手でも、感覚では分かっていたのだと思います。

家族が壊れかけた時期

弟の親権は最終的に母親に移りました。ただ、それで状況が良くなったわけではありません。

この時期は家族全体が影響を受けていました。

職を点々とする弟。仕事が続かないストレスからの暴力。母親に対する悪態。8個下の妹への暴言、妹が大事にしていたピアノの破壊。

母親は「めちゃくちゃきつい。よく病まなかったな」と振り返っています。保育園の先生、教師、父親、祖母に兄弟と比べられていました。幼児期からずっと続いていた「比較」が、この時期に母親を最も追い詰めていました。

僕自身も弟との関係で消耗していました。兄として間に入る場面が多く、自分の生活にも影響がありました。

この時期に必要だったもの

今振り返って、中高時代に必要だったものを書きます。

1. 進路の選択肢の情報

養護学校以外の選択肢をもっと知りたかった。通信制高校、専修学校、高等特別支援学校。当時はそういう情報にアクセスできませんでした。「受かるところがない」と言われた時に、他の道を提示してくれる人がいたら違ったかもしれません。

2. 親以外の相談相手

母親は一人で抱え込んでいました。「同じ境遇の人が周りにいない」とよく言います。同じ経験をしている親同士で話せる場所があれば、少しは楽だったかもしれません。

3. 本人の「居場所」

弟の場合、居場所は友達でした。勉強は無理でも、人に好かれる力があったことが救いでした。部活、趣味、地域のスポーツチーム。何でもいいから「勉強以外で認められる場所」を一つ持っておくことが重要です。

中高生の親へ

この時期は本当にきついです。家族として経験した僕が言うのだから間違いありません。

ただ一つ伝えたいことがあります。この時期は「嵐」であって、永遠には続きません。弟も今は落ち着いています。

大事なのは、嵐の最中に家族が壊れないことです。親だけで抱え込まないこと。比較しないこと。そして、お子さんの状態を誰かに共有できる状態にしておくことです。

僕たちが作っている「ヨゾラ」は、相談するだけでお子さんの特性や傾向が蓄積されるツールです。一人で全部を抱える必要はありません。相談相手として使ってもらえたらと思います。

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