2026-03-31
境界知能の子供がキレやすい|母親への暴力が続いた弟の話
はじめに
弟は10代後半から20代前半にかけて、暴力が家族を壊しかけました。
母親への暴力。妹のピアノを破壊。8歳下の妹への暴言。
この記事は、弟の暴力が一番ひどかった時期の記録です。
暴力の始まり
弟は小さい頃から気性が荒い子でした。小学校では友達との喧嘩が多く、噛み癖がありました。中学ではタバコ、先生への暴力もありました。
ただこの頃は「外」での暴力でした。家では僕と取っ組み合いの喧嘩をすることはあっても、母親や妹に手を上げることはありませんでした。
変わったのは、支援学校を脱走して実家に戻ってからです。
中2の時に両親が離婚し、家に男親がいなくなりました。兄の僕も高校進学のために地方に出てしまい、弟の周りには力で自分より弱い人間しかいない環境になりました。そこに仕事が続かないストレスが重なりました。
仕事が続かないストレスが爆発した
実家に戻った弟は、母親の伝手でアルバイトを始めましたが、どれも1ヶ月も続きませんでした。
仕事ができない。覚えられない。怒られる。辞める。次のバイトを始める。また辞める。
このストレスが家の中で爆発しました。
母親に対する暴力が始まり、ものに当たる回数が増えていきました。
妹への被害
一番深刻だったのは、8歳下の妹への被害です。
妹への暴言。妹が大事にしていたピアノを破壊。
弟が一緒に住んでいた女性に、妹が預けていた服を盗まれたこともありました。
弟は妹を傷つけたくてやっていたわけではないと思います。自分でコントロールできないがゆえの二次被害でした。ただ妹にとってはそんなことは関係ありません。傷ついた事実だけが残ります。
さらに、妹の友達からの見られ方も変わってくるという二次被害もありました。家庭の中の問題が、妹の交友関係にまで影響してしまいました。
母親の限界と決断
数年間、母親は耐えました。
限界が来た時、兄の僕と妹が母親に「もう限界だ」と伝え、家から出すことを促しました。母親にとって、自分の子供を家から出す決断は一人ではできませんでした。周りのサポートが絶対に必要でした。
同じ子供でも、このままでは母親自身と妹が壊れます。長く弟を支え続けるためには、一旦距離を取る必要があります。その判断を、家族全員で行いました。
結果的に、弟は友達の車で地元を離れ、自分で生きていく道を歩き始めました。
暴力はなくなった
26歳の今、弟の暴力はなくなりました。
家を出たことで弟のストレスの構造が変わったのだと思います。実家にいると「仕事ができない自分」を母親に見られ続けます。それがストレスでした。
一人で暮らし始めたことで、弟は自分のペースで生きられるようになりました。失敗しても、家族の前で恥をかくことはありません。
今思うこと
弟の暴力の時期を振り返って思うのは、「暴力=弟が悪い」ではなかったということです。
弟は苦しんでいました。仕事ができない、自分が何者か分からない、でもプライドはあります。その苦しみの出口が暴力でした。
もし弟に他のストレス発散方法があったら、もし就労のサポートがあったら、もし感情コントロールのトレーニングを受けていたら、違ったかもしれません。
同じ状況の方へ
お子さんの暴力に苦しんでいるなら、一つだけ伝えたいことがあります。
あなた自身を守ることを最優先にしてください。
母親は数年間耐えましたが、耐え続ける必要はなかったと思います。もっと早く弟を家から出していてもよかった。
「親なのに子供を追い出すなんて」と思うかもしれません。ただ、状況を見てあえて突き放すことは、その子のためになる場合があります。うちの弟がまさにそうでした。
そして、自分を守ることが、最終的にはお子さんのサポートを長く続けられることに繋がります。母親が壊れたら、誰もお子さんを支えられなくなる。
この決断を一人でする必要はありません。家族でも、専門家でもいい。お子さんの傾向を把握し、相談できる相手を持つこと。僕たちが作っている「ヨゾラ」は、相談を通じてお子さんの状況を蓄積し、一人で判断しなくていい仕組みを提供しています。
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ヨゾラ
きょうだい児が家族と一緒に作っているサービスです。生きづらさを感じている人に、その人に合った答えを届けます。